ひとことで翻訳と言っても、直訳しなければならない場合と、意訳する必要がある場合があります。
今回私が訳した『完璧になれない。だからいい』は英語からの直訳ではなく意訳です。理由は、直訳にすると、読者のこころにまったく届かない内容になってしまうからです。
この記事では、直訳と意訳の違い、そして今回私が感じた意訳の難しさや意訳例、タイトルを決めるために役立つ書籍について書きます。
直訳と意訳の違い
私が考える直訳と意訳の違いです。
直訳とは
原文の単語ひとつひとつを忠実に訳すこと。
直訳が使われるのは、取扱説明書や契約書、専門書など。原文通りの単語を訳します。言い換えたり文章の順番を変えたりせずに、しっかりと内容を伝える必要があります。
意訳とは
原文で使われている単語や文章の順番に縛られることなく、全体の意味を理解した上で、読み手にわかりやすく伝わるように訳すこと。
意訳は、小説や広告などに使われます。
読み手が住んでいる国の文化や背景を考えながら、どういう言い回しがいちばん分かりやすいのかを常に意識して訳します。単語そのものを直訳することや、文章の順番をまったく同じものにすることなく、ある程度自由に、内容を変えない範囲で訳していく作業です。
原作者が言いたいこと、伝えたいことは何だろう、ということを考えながら、一度内容を咀嚼した上で翻訳します。
できる限り自然な表現にすることも意訳の大切な部分です。
意訳の難しさ
『完璧になれない。だからいい』の翻訳をしてみて、私が感じた意訳の難しさをお伝えします。
この書籍は翻訳5冊目だったのですが、3冊は絵本で、1冊は名言の翻訳でしたので、今回のような書籍とは違っていました。
最初はどうしても直訳気味になってしまい、悩んだものです。
「訳さなきゃ!」と思ってしまうと、どうしても直訳に近くなってしまいます。
そこで、一度直訳気味になったものから、もう一度原文を読み、自分の中で咀嚼してから書き起こす、という作業を続けて行きました。これが思った以上に時間のかかる作業だったのです。
担当者さんにも、何度も読ませることになってしまいました(汗)
一般の小説でもそうだと思いますが、本が出版されるまでには、出版社の編集者さんや担当者さんとの話し合いが必要不可欠になります。
その方といろいろと話し合いながら、内容を変えたり、文体や使う言葉を変えたりして作り上げていくのです。
今回の私の担当者さんも、休日、そして夜分にかかわらず、ずっとお付き合いくださいました。
「ここはどんなことをヘミン和尚さんは伝えたいのでしょうね?」「これは、要はこういうことを言っているのではないでしょうか?」「私はこういうことを言いたいのですが、こういう言い回しで伝わるでしょうか?」
といった話し合いを何度も重ねながら、一冊の本を完成させて行きます。
私の場合、この作業を繰り返し、何度も行いました。
I need you. をどう訳すか
この本で私が一番悩んだのは本のタイトルだったのですが、そのことはこの下に記載しますね。
ほかにも訳し方で悩んだもの、考え続けたものがいくつかあり、その中でも「I need you.」の訳し方は結構悩みました。
『完璧になれない。だからいい』53ページから抜粋します。
I need you. を直訳したら、「私はあなたが必要です」となります。
ここの英文は、このようになっていました。
I love you.
I thank you.
I need you.
という3行。
たった3行、しかも誰でも知っている単語ばかりですよね。
「I love you」は「愛してる」でいいと思いました。
次の「I thank you」は直訳したら、「私はあなたに感謝しています」です。
ここは、「いつもありがとう」と訳しました。
そして一番悩んだ、I need you.
英語ではいたって普通な表現です。
でも日本語で「あなたが必要です」と訳しても、この上の文章とのつながりも悪いですし、すんなり入ってこないですよね?
“その人を必要としている”というのはどういうことを言うのかな?と何度も考えて出てきたのが、『自分にとって大切な人』という表現でした。
そしてこの3行は、このようになったのです。
愛してる。
いつもありがとう。
あなたは私にとって
とても大切な人。
英語を日常的に使っている人や、英語のニュアンスがわかる人なら、I need you. を別の感覚で捉えるかもしれません。
それはそれで良いと思います(^^)
私の中では、”大切な人”という表現にしたかったので、こう表現しました。
このように、ものすごく単純な言葉ほど、意訳が難しいことは非常に多いのです。
すべての文章を訳す必要はない – あえて削除した方が伝わることがある
日本の文化や日本人の考え方を考慮すると、ない方が伝わることがよくあります。
今回の例で言うと、友人と再会した時の様子を、このように表現されていた箇所があります。
「朝鮮半島の戦争のために長い間離れ離れになっていた家族が再会したかのように」
でも、戦争の話をしてもあまりパッと来ないですよね?そのために、この部分は削除して、「まるで長いあいだ離れていた家族が 再会したかのように」と変えました。
こういう箇所は多々あります。
英語がわかる人が翻訳された本を読んだり、映画の字幕タイトルを観たりして省略されている部分があると感じるのは、こういう理由が多いのだと思います。
あえて削除することで、内容を伝わりやすくする。
こういうテクニックも必要なことも学びました。
タイトルの訳し方
上述の通り、タイトルでも非常に悩みました。
原題は、「Love for Imperfect Things」
直訳すると、「不完全なものへの愛」
これでは絶対に日本人には通じないですよね😅
この部分も何度も何度も考えて、絞り出したのが
完璧になれない。だからいい でした。
サブタイトルは、「心が軽くなるヘミン和尚のことば」に決まりました。
『完璧ではないことに対する愛。』
このことにだわりすぎるとまったく浮かばなかったので、ヘミン和尚さんがいちばん言いたかったことはなんだろう?ということをトータルで考えることにしました。
そして浮かんできたタイトル案は以下のようなもの。
タイトル案
もっと楽に生きていい
完璧になんてならなくていい
完璧ではないあなたがいい
完璧じゃないからいい
・・・
その他にもたくさんありましたが、「完璧になる必要はないよ」ということを伝えるにはどうしたらよいかをずっと考えていたのです。
そして、言いたいことを伝えるために大切なサブタイトルも、このような案がありました。
サブタイトル案
もっと自由に生きるためのヘミン和尚のことば
この世のすべては完璧ではないところがいいのです。
あなたもまわりも、完璧ではないところがいいのです。
この世のすべては完璧ではないところがいい。
この世のすべては完璧ではないからいい。
完璧を求められる世の中で私らしく幸せに生きるコツ
ヘミン和尚の生きやすくするコツ
・・・
など、こちらもたくさんの案を出しました。
なかなか良いものが浮かばない中、考えていたのは、次のようなキーワードです。
自分を大事にする
自分を受け入れる
楽に生きる
生きやすくする
そして最終的に、完璧になろうとしている人が、完璧になれなくて悩んでいることに対して、「それでいいのです。むしろ、完璧じゃないからいいのです」ということを伝えるために、『完璧になれない。だからいい』に決まりました。
出版社さんが「いいですね!」とおっしゃってくださったときは本当に嬉しかったです!
タイトル決めに役立った本「伝え方が9割」
今回、タイトルを決めるのにとても役立ったのが、天才コピーライターの佐々木圭一さん著、『伝え方が9割』でした。
佐々木さんが書いている「『強いコトバ』をつくる5つの技術」の中にある、”ギャップ法”からヒントを得ました。
ギャップ法というのは、伝える言葉に驚きワードを作る、とう方法。
「あ、小林製薬」や、「そうだ 京都、行こう。」が例として挙げられていました。
そこで思ったのが、一度「。」で区切るのはどうかな?ということ。
「完璧になれない」で一度区切って、そこであらためて「だからいい」と付けたら、インパクトも変わるのでは?と思ったのです。
完璧じゃないとだめなんだ、と思っている人が多い中、あえて、それでいいんだよ、という強いメッセージにもなるかなとも思いました。
訳者あとがきにも書いたのですが、「完璧でない部分はあなたの個性」です(^^)
完璧じゃない部分があるから、相手の気持ちを理解したり、やさしくなれたりするので。
『伝え方が9割』は、普段の生活でも使える言い回しや言葉の使い方が書かれていてとても面白い本なので、おすすめです!
上手なデートの誘い文句も書かれていますよ😁
普段の生活や本からもたくさんのヒントを得ることができる
意訳するためには、いろいろな言葉や言い回しを知っている必要があります。
私もまだまだ勉強途中ですが、普段から読んでいる本や、テレビなどのメディアを含む人から聴いた言葉からヒントを得ることもたくさんありました。
気になる言葉や心に残る言葉は必ず、すべてメモするようにしています。
ここでは、私が一番尊敬している人のひとり、稲盛和夫さんの書籍や言葉から使わせていただいたものをご紹介します。
稲盛和夫さんの言葉から得たヒント
大好きな稲盛さんの本はほぼすべて読んでいますし、何度も繰り返し読み、さらに車の中ではCDも聴いているので、私の中に染みついています(笑)
下に書いているもののほかにも使った言葉があるかもしれませんが、特に意識して使ったものをふたつ書きます。
ここで使った『弱気の虫』は、稲盛さんが講演会でお話された中で使われていたものです。
英語では、「If your timid heart wonders」となっていました。直訳すると「あなたの臆病な心が不思議がったら」
このあとに、「勇気を持ってこう言おう!」とあったので、「弱気になってしまったら、こう自分に言おう!」という流れにしたくて変えました。
弱気の虫、という表現は結構使えるな、と思いました(^^)
もうひとつは、”足るを知る”です。
原文は、「The opposite of greed is not abstinence but knowing how to be content.」
直訳すると、「貪欲の反対は禁欲ではなく、満足する方法を知ること。」
この”足るを知る”ということも、稲盛さんがしょっちゅうお話されていること。
やはり普段から心に残っているものは出てくるものなのですね😊
無料で使えるオンライン辞書や言葉選びのツール
オンライン辞書や、日本語の言い回しを検索するのに便利な無料サイトをまとめましたので、ぜひ参考にしてみてくださいね。
翻訳 – 意訳する醍醐味
最初に書いた通り、今回の本は、何度も何度も読み返しては書き直し、を繰り返しました。
その度に担当者さんとあれこれ意見を交わして作り上げたものです。
この半年は、ものすごく良い意味でもストレスがかかり、それが快感となるほどでした(笑)
不思議なことに、読み返せば読み返すほど直したい箇所が出てくるのです。
これは本当に不思議です・・・
その度に担当者さんを巻き込んでしまうのですが(汗)、とにかく心に響くものにしたい、この本を読んで心が軽くなったり、明るい気持ちになったりしてもらえたら心から嬉しい!と思いながら翻訳作業をしました。
それくらい思い入れのある一冊です。
英語に自身のある方は、英語版「Love for Imperfect Things」を読むのも良いと思います(笑)
というのも、もともとは韓国語の本ですが、ヘミン和尚さん自身もこの英語版の翻訳に携わっているからです。なので、彼が伝えたいことが英語のままで入ってくると思います。
今回の記事では、翻訳とは?直訳と意訳の違い、そして私が試してきたことの例を挙げました。
翻訳本を読む方の見方が少し変わったり、翻訳する方の役に立つことがあったりしたら嬉しいです♪
「完璧になれない。だからいい」の内容についてはこちらをご覧ください(^^)